前回、生物の状態をコントロールする自律神経についてザックリとご説明しました。 今回はこの自律神経の活動を推定する方法についてお話します。 前回ご説明したように自動車で言えばアクセルとブレーキに対応するように交感神経と副交感神経によってあらゆる生体器官が制御されていますので、様々な生体情報からある程度この自律神経の活動が推定できます。自動車で言えば加速している時はアクセルが踏まれているのだとか、減速している時はブレーキがかかっているのだとかが分かるのと同じです。生体では体温や血圧の変動そしてホルモンの分泌など、おおよそ自律神経の働きによって発現する生体反応に基づいて、そのもとになる自律神経系の活動を推定することが可能です。その定量的推定法の一例が、非侵襲的かつ客観的な心電図R‐R間隔変動に着目するものです。心拍は一見規則的に見えますが呼吸、血圧調節、体温調節などの影響を受けて常時揺らいでいます。 この変動を心拍変動(Heart rate variability: HRV)と呼んでいます。
この心拍の発生起源である洞結節は延髄の迷走神経背側核や疑核からの心臓迷走神経により抑制的支配を受ける一方で、脊隋交感神経節からの節後線維によって促進的支配を受けています。 そして、心拍数は吸気期には増加し、呼気期には減少します。たとえば、糖尿病性自律神経障害患者では副交感神経すなわち迷走神経が障害されることにより、その変動が小さくなるとの報告もあります。このように心拍変動の減少は疾病やストレスに対するき弱性を反映する一方で、その増大は以下に見るように発達あるいはストレスや病的状態からの回復ならびにリラクゼーションに関連します。
この心拍変動を定量化する方法で簡易なものは心電図RR間隔変動係数((coefficient of variation of R‐R intervals:CV)と呼ばれるものです。それは一般に心電図上の頂点であるRと次のR波との間隔を100個記録して平均値(m)を求め、その標準偏差(σ)との割合が、以下の式で算出されます。図1
図1. 心電図R-R間隔
CV(%)= m/σ ×100
この値は加齢によって減少する傾向が報告されています。 また、臥位から上半身45度に起こすと6.6%から4.0%に減少するとの報告もあります。
次に定量化の方法としてよく用いられるのが、このR-R間隔変動の周波数分析です。このR-R間隔を時系列に並べると、その変動は波型に推移します。図2
図2. R-R間隔の時系列(タコグラム)
一般的に複雑に見える波形の変化はいくつかの基本的な正弦波の組み合わせとして表現されて、またその基本波形への分解が可能です。つまりはその波を構成している主要な波が同定されます。図3
図3. R-R間隔のスペクトル解析
心拍R-R間隔のスペクトル解析を行うと0.1Hz付近を中心とする低周波成分(LF)と0.25Hz付近を中心とする高周波成分(HF)の要素が抽出されますが、その成分の大きさは生体の置かれた状況によって、つまり生体のストレス状態の依って大きく変化します。
例えば、ヒトにおいては横になると(臥位)HFの成分が増加し、立つと(立位)LFの成分が多くなります。 身体的だけでなく精神的ストレスがかかるとこのLF成分が相対的に増加します。 つまり、この二つの成分の比率によって交感神経あるいは副交感神経の優位性を推定することが出来ます。